マドンナが離婚をするらしい。

そのこと自体は全く関係ないし、関心のあることではない。よくあることだ。

でも、彼女は2年前にアフリカ、マラウイから実の父親のいる子供を養子にした。セレブの間に、養子ブームのようなものがある中で、かなり議論を呼んだ出来事だった。

以下は、2年前のちょうど今頃、2006年10月13日にマドンナの養子縁組について感じたことを書いたもの。


2006年10月13日(mixi日記より)

マラウイを訪問中のマドンナが、マラウイの男の子(1歳)を養子にするらしい。

彼女が、マラウイの孤児院を訪問しているというニュースは、マラウイ関係者(協力隊、JICA事務所関係者、専門家等)のMLで1週間ほど前に流れてきて、関心を持って記事を追っていた。

ただ、その時にはマラウイの孤児を養子にすることは否定していたので、チャリティーとしての訪問かと思っていた。

今日の報道(BBC)で、1歳になる男の子(デビッド)を養子にする書類の手続きも終わったそうだ。

養子縁組も、引き取る親が全く異なる地域や文化をルーツとしている場合、その後予想される子供のアイデンティティなど難しい問題もあるという話を聞く。

また、双方に経済的な格差があると、その後の援助への期待もあったりして、そんなに純粋な縁組とばかりはいかないと聞くし、現場にいたことのある人間としては、そう感じる社会的な要素はたくさんあることもわかる。

一方、そうして養子として育てられ、成人して、自分の生まれた国に対する支援活動を仕事としている子供達もいると聞く。

このように賛否両論はあるが、誤解を恐れずに言うと、孤児院にいる親を失った子供達に本当に必要なのは、たくさんの人の愛じゃなくって、たった一組の親の愛、またはそれが無理でもどちらか片方の親の愛だと思う。

そういう意味で、養子になり自分の親として育ててもらうことは子供の将来にとっていいことだと思う。

とにかく、国や文化の違う地域でも「自分の親」に「本当の子供」として育てられれば、その後のアイデンティティ・クライシスがあっても大丈夫だと思う。

だから、僕自身、養子を育てること自体は、すばらしい行為だと思う。

昔、僕がまだ小学生の時だったと思うけれど、親父が、「本当に人を助けようと思うのだったら、一人でもいいからその人のことを、最後まで面倒を見ることだ」といったのが、何故か深く心に残っていて、その後の生き方にも影響しているからかもしれない。

じゃあ、自分でやれるか・・・と聞かれても、情けないが即答できないけれど。。。

マドンナをはじめ、養子を迎えられる人達はすごいと思う。 ただ、今回のケースで気になるのは、デビッド君は、お母さんは亡くしているが、お父さんはまだ生きているってことだ。 しかも、そのお父さんのセリフが(本当に言ったのかわからないけれど・・・)

“I am very very happy because as you can see there is poverty in this village and I know he will be very well looked after in America.”

う~ん、、、複雑だなあ。。。真意がわからないけれど、子を思う父親の気持ちとしては、自分のところにいるよりも引き取ってもらった方がいいと、悲しい気持ちを抑えて言っているんだろうなあ。。。

養子縁組は否定しないし、デビッド君もいいのだろうけれど、両親二人ともいない孤児は他にもたくさんいるのに・・・とも思う。

まあ、でも、とにかく養子になるデビッド君とマラウイに一言。

「明日はきっと今日よりよくなる」

(つづく)